『グリッチ』を語る上で、最も象徴的な“瞬間”は、主人公ホン・ジヒョの目の前に、突然「緑色の閃光」と共に現れる、ヘルメットを被った謎の“宇宙人”の姿です。この現象は、彼女の日常に起こる一連の「異常」な出来事、つまり「グリッチ(誤作動)」の始まりを告げる、視覚的なトリガーとなっています。
幼い頃から宇宙人の存在を信じ、そのせいで周囲から浮いていたジヒョにとって、この閃光と人影は、彼女の「異常性」が単なる妄想ではなく、現実と非現実の境界が曖昧になっている証拠のように感じられます。特に、このグリッチ現象が、彼女の安定した日常、そして結婚を控えた恋人との関係が崩壊していくタイミングで起こる点が重要です。それは、彼女の心の奥底にあった「何か」が、外側の世界と共鳴し始めた瞬間とも言えるでしょう。恋人が忽然と消え、その失踪が宇宙人の仕業なのか、それともカルト宗教の陰謀なのかというミステリーの深淵へと彼女を誘うこの光景は、「信じるか、信じないか」という、物語全体を貫く問いかけを読者に突きつけ、「続きを見ずにはいられない」という衝動を生み出します。
裏テーマ
『グリッチ』は、「宇宙人」や「カルト宗教」というSFミステリーの要素を前面に出しながらも、その裏には現代韓国社会における「信じることの脆さと、集団の圧力」という極めて現実的なテーマが潜んでいます。
ホン・ジヒョは、世間一般が定義する「普通」や「安定」した人生を送ろうとしますが、幼い頃からの「宇宙人が見える」という特異な経験により、常に社会から疎外感を感じて生きてきました。このドラマは、多数派が信じる「常識」や「合理性」から外れた人々が、いかに社会の中で居場所を見失い、あるいは「信じる」対象を求めてカルト的な集団に引き寄せられていくかを描いています。カルト宗教団体「光臨(グァンリム)教会」が、人生に迷いや孤独を抱える人々を巧みに引きつけ、心の隙間に入り込んでいく様子は、現代社会における精神的な「拠り所」の欠如と、その脆弱性を鋭く批判しています。
また、主人公たちが真実を追い求める過程で、既存の社会システムや警察、家族といった「信頼できるはずの機関」が、いかに機能不全に陥っているか、あるいは見えない圧力によって歪められているかが示されます。これは、「何を信じ、何を疑うべきか」という現代人共通の課題を、SFミステリーというフィルターを通して映し出している、深遠な社会批判の作品であると言えるでしょう。
制作の裏側ストーリー
本作は、ドラマ『人間レッスン』で高い評価を得たチン・ハンサイが脚本を、そして映画『恋愛の温度』でリアルな人間描写に定評のあるノ・ドクが監督を務めたことで、配信前から大きな注目を集めました。脚本家と監督の異なる持ち味が融合することで、本作の独特な世界観が構築されています。
特にキャスティングにおいては、主人公ホン・ジヒョ役のチョン・ヨビンと、友人ホ・ボラ役のナナのタッグが大きな話題となりました。チョン・ヨビンは『ヴィンチェンツォ』でのヒロイン役で知られますが、本作では一転して、宇宙人が見えるという「陰気な」キャラクターを繊細に演じました。一方、アイドルグループAFTERSCHOOL出身のナナは、サブカルチャー好きでミステリアスなボラを、ウェブトゥーンから飛び出してきたような高いシンクロ率で表現し、視聴者を驚かせました。制作陣は、この二人の女優が持つ異なる個性と、作品への高い理解度が、物語の核となる「友情」と「真実の探求」というテーマを深く描き出す鍵となると確信していたようです。
また、失踪する恋人役のイ・ドンフィや、警察官役のリュ・ギョンスといった、韓国映画界・ドラマ界の名脇役たちが脇を固めている点も、制作陣のこだわりが見えます。特にリュ・ギョンスは、『梨泰院クラス』でのムードメーカー的な役から一変、『地獄が呼んでいる』での宗教団体の幹部役を経て、本作でカメレオン俳優としての表現力を発揮しており、制作陣がそれぞれの俳優の「最も光る部分」を見抜いて起用したことが、作品の完成度を高めています。
キャラクターの心理分析
主人公ホン・ジヒョの心理は、「正常でいたい」という強い願望と、「異常である自分」という現実との間で引き裂かれています。幼少期のトラウマから、彼女は宇宙人が見えるという事実を否定し、一般的な人生のレールに乗ることで心の安定を図ろうとします。しかし、恋人の失踪という決定的な「グリッチ」が起こったことで、抑圧していた過去と向き合わざるを得なくなります。彼女の行動の心理的動機は、失踪した恋人への愛情以上に、「自分の存在意義」と「真実の証明」への渇望にあると言えるでしょう。
一方、ホ・ボラは、社会的な規範や常識に縛られず、自分の「好き」という感情に正直に生きるサブカルチャーの申し子です。彼女はジヒョの「異常性」を理解し、受け入れる数少ない人物であり、彼女の心理的動機は「愛する友人を救うこと」と「信じる世界(宇宙人)の真実を証明すること」にあります。彼女は、集団的な常識や権威に迎合しない「アウトサイダー」としての視点を持っており、その行動は、ジヒョの閉ざされた心を開放する鍵となります。
この二人の関係性は、社会に「馴染めない」と感じる人々が、互いの「異常性」を認め合うことで生まれる強い信頼と絆の心理を描いています。彼女たちの「友情」は、カルト宗教が提供する「偽りの安心感」とは対極にある、真の心の拠り所となっているのです。
視聴者の評価
『グリッチ』は、SF、ミステリー、カルト宗教という要素が複雑に絡み合う構成から、視聴者からは「ひねりが効いていて面白い」という高い評価を得ています。
特に絶賛されているのは、脚本の斬新さと、それを見事に映像化した監督の演出手腕です。「宇宙人がいるっぽい」から「すべてカルト教団の嘘だった」と思わせ、最終的に「本当にいた!」というミスリードからのカタルシスは、多くの視聴者を唸らせました。また、「社会にうまく馴染めない人間たちが結んだ信頼の強さ」や、「誰かが人を騙し無理やり作り上げた信仰の脆さ」といった、人間ドラマとしての深さを評価する声も多く、「濃厚なSFサスペンスでありながら、ヒューマンドラマとしても楽しめた」という感想が目立ちます。主人公ジヒョとボラの友情、そして彼女たちを支える仲間たちの団結は、多くの視聴者の心を打ち、最終回のエンディングにおける二人の関係性の描写を「ハッピーエンドとして明確で、とても上手い」と高く評価する意見が寄せられています。
一方で、テーマが多岐にわたるため、「とっ散らかっていてよく分からない」「ほとんど伏線が回収されない印象」といった、混乱や難解さを指摘する声もあり、物語の構成に対する評価は一部で分かれる傾向にあります。しかし、全体としては「キャストもピッタリ大満足」「10周以上見るほど大好きなドラマ」といった熱狂的なファンを生み出しており、そのオリジナリティと中毒性の高さを証明しています。
海外の視聴者の反応
『グリッチ』はNetflixで世界配信されたことにより、特に英語圏やアジア圏の視聴者から「完成度が高いSFドラマ」として注目されました。
海外のレビューサイトでは、カルト宗教と宇宙人という組み合わせのオリジナリティが特に高く評価されており、「SFファンだけでなく、ミステリー好きにも強くお勧めできる」といった意見が多く見られました。アメリカの映画レビューサイトRotten Tomatoesでは、一般の視聴者から高い評価を受けており、そのエンタメ性とサスペンスとしての面白さは、国際的に通用することが証明されました。特に「カルト宗教の持つ排他的で怖い側面」と「宇宙という広大な未知の領域」を結びつけるストーリーテリングは、「現代社会の不安とロマンを同時に描いている」と、深い考察を呼んでいます。
また、主演のチョン・ヨビンとナナの演技力は海外でも称賛され、彼女たちの間の「ケミストリー(相性)」が、この奇妙な物語のリアリティを高めているという評価が目立ちます。海外のファンは、ジヒョとボラが、社会の常識に流されず、自分たちが信じる道を突き進む姿に、強い共感と憧れを抱いたようです。このドラマは、韓国のコンテンツがSFというジャンルにおいても、世界レベルのクオリティとテーマ性を有していることを示す、一つの成功例となりました。
ドラマが残した文化的影響
『グリッチ』が残した文化的影響は、主に「カルト宗教と社会問題」を扱うジャンルの再定義と、「オカルト・サブカルチャーの再評価」という点にあります。
まず、本作は、Netflixドラマ『地獄が呼んでいる』などと共に、韓国のエンターテイメント界における「カルト宗教」というタブー視されがちだったテーマを、本格的なミステリーやSFとして描き出す流れを加速させました。これは、現実に存在する社会の闇や、人々の精神的な不安を、エンターテイメントを通して考察する文化的な土壌を育てたと言えます。
また、主人公ホ・ボラが熱中する「UFO」「宇宙人」「未確認生物」といったオカルト的要素、そしてサブカルチャーの描写が非常にリアルで魅力的だったため、特定の視聴者層、特にオカルトや陰謀論に興味を持つ人々からの支持を強く集めました。彼女が運営するコミュニティや、仲間たちとの活動は、社会の主流から外れた場所にも、熱狂的なコミュニティと真の友情が存在するというメッセージを伝え、視聴者の中の「信じることへのロマン」を刺激しました。
ロケ地に関しては、一般的な観光地が中心ではありませんが、物語の重要な舞台となる廃墟や、カルト教団の建物などが、そのミステリアスな雰囲気から、特定のファン層の間で「聖地巡礼」の対象となる可能性を秘めています。
視聴スタイルの提案
『グリッチ』は、その緻密な伏線と、SFとミステリーが交錯するストーリー展開から、「週末にじっくりと一気見」する視聴スタイルを強くお勧めします。
特に、この作品は全10話とコンパクトにまとめられているため、物語のテンポを途切れさせずに一気に鑑賞することで、謎の解明と、主人公たちの心理的な成長の軌跡を、より深く追体験することができます。物語の序盤で提示される「グリッチ現象」の意味や、カルト教団の真の目的など、複雑なミステリー要素が多いため、集中できる環境で「考察しながら」見るのも楽しみ方の一つです。
また、このドラマはジヒョとボラという、社会的に生きづらさを感じている二人の女性の「友情物語」としても秀逸です。そのため、鑑賞する際は、一人で静かに、彼女たちの抱える孤独や、困難を乗り越える過程での絆の深まりを、感情移入しながら見つめるのが最適な視聴スタイルと言えるでしょう。SFやオカルトというジャンルへの先入観を捨てて、彼女たちの「信じる力」の物語として向き合ってみてください。
ホン・ジヒョは、最終的に「信じるか、信じないか」という選択を迫られます。あなたにとって、日常の中で起こる小さな「グリッチ(誤作動)」は、単なる気のせいですか、それとも「何か」が起こる前兆だと感じますか?このドラマを見て、あなたが改めて信じるようになった「真実」や「ロマン」について、ぜひ教えてください。
データ
放送年 | 2022年 |
話数 | 全10話 |
最高視聴率 | |
制作 | Netflixオリジナル |
監督 | ノ・ドク |
演出 | ノ・ドク |
脚本 | チン・ハンサイ |
俳優名 | 役名 |
---|---|
チョン・ヨビン | ホン・ジヒョ |
ナナ | ホ・ボラ |
イ・ドンフィ | イ・シグク |
リュ・ギョンス | キム・ビョンジョ |
コ・チャンソク | キム・ジクジン(キム・チャンウ) |
キム・ナムヒ | マ・ヒョンウ |
キム・ミョンゴン | ムン・ヒョンテ(ジョプ) |
ソン・スク | ペク・ユンソン |
ペク・ジュヒ | ソ・ファジョン(ソ執事) |
チョン・ダビン | キム・ヨンギ |
テ・ウォンソク | カプ大尉(クァク・ダジョン) |
イ・ミング | ドンヒョク |
パク・ウォンソク | フィリップ |
チョン・ペス | ホン・ジンシク |
キム・グッキ | ク・ヘヨン |
チェ・スイム | オ・セヒ |
パク・スヨン | クォン・ヨンウン |
アン・セホ | パク・チーム長 |
マ・ソンミン | ジョセフ |
チョン・ギュス | ソン・チェドク |
シン・リナ | ジヒョの少女時代 |
チョ・イェリン | ボラの少女時代 |
クォン・イェウン | キム・ヨンギの少女時代 |
© 2022. Netflix. All rights reserved.