このドラマを最も端的に言い表す瞬間は、共感を「持たない」側と「持ちすぎる」側が、同じテーブルにつく場面です。イ・ロウムは、冤罪で人生を奪われた過去を背負いながらも、涙や反省を武器にせず、結果だけを取りに行く人です。一方のハン・ムヨンは、相手の痛みが自分の痛みのように侵入してくる弁護士で、正義のために戦うほどに自分が摩耗していきます。
この対比が面白いのは、2人の差が単なる性格の違いではなく、生き方の選択として積み重なっている点です。ロウムの無感情は冷淡さというより、信じたものに裏切られ続けた末の手続きであり、ムヨンの共感は優しさというより、切り離せない体質に近い重さがあります。
普通なら交わらない2人が、ある目的のために「互いの欠点を機能に変える」ように組む。ここに『有益な詐欺』の快感があります。ロウムの冷徹さはチームのエンジンになり、ムヨンの共感はブレーキではなく照準になります。復讐劇なのに、見終わったあとに残るのは「人はどこまで変われるのか」という問いです。
さらに言えば、彼らが並ぶことで、視聴者の感情も揺さぶられます。ロウムの合理性に救われる瞬間がある一方で、ムヨンのためらいが最後の倫理線になる場面もあり、どちらか一方の正しさに寄りかかれない構造になっています。
派手な騙し合いだけではなく、誰かを信じる/信じないの判断が、表情の小さな揺れや言葉の間で積み上がっていく。視聴者はその“微差”に気づいたとき、物語の深部へ引き込まれていきます。
裏テーマ
作中で描かれるのは、被害者と加害者がきれいに分かれない世界です。誰かを追い詰めたのが個人の悪意だけではなく、無関心や手続きの不備だったとき、責任の所在は曖昧になり、救済のルートも細っていきます。その閉塞が、ロウムの手段を現実的に見せてしまう怖さがあります。
もう一つの裏テーマは、共感が“美徳”である一方で、ときに暴力にもなり得るという視点です。ムヨンの共感は、相手を救う力であると同時に、相手の感情に飲み込まれて自己判断を失う危うさも抱えています。だからこそこの作品は、冷たさと優しさ、合理と情、正義と復讐が、単純な二択に収まらない場所でせめぎ合います。
ムヨンの「分かってしまう」能力は、相手のためを思うほどに境界線を溶かし、結果として相手を支配してしまう可能性すら含みます。共感が強い人ほど、相手の痛みを代行しようとしてしまう。その危うさを物語の動力にしているのが、本作の鋭さです。
そして、タイトルにある「有益」とは、社会的な正しさよりも「生き延びるための有益さ」を指しているようにも見えます。法の枠内では救われない人、被害者であるのに疑われ続ける人、過去の烙印から逃げられない人。そうした人々が、どんな“取引”をしながら明日へ辿り着くのか。ここに作品の切実さがあります。
制作の裏側のストーリー
本作はtvNの月火ドラマとして放送され、全16話で展開しました。企画(開発)にスタジオドラゴンが関わり、制作はNext Sceneが担当しています。放送は2023年5月29日から7月18日までの期間で、週2話のリズムが物語のスピード感と相性よく機能しました。
週2話という枠は、事件の区切りと人物の変化を同時に進めるのに向いています。毎週の引きが強すぎると安易な刺激に寄りがちですが、本作は情報の出し入れを丁寧に管理し、次回への期待を「謎」だけでなく「関係の揺れ」にも置いている印象です。
脚本はハン・ウジュ、演出(監督)はイ・スヒョンが担当しています。構成面で印象的なのは、詐欺の“手口説明”に寄りすぎず、人物の心理と関係の力学を先に立てている点です。視聴者はトリックの答え合わせよりも、「なぜこの人はここで嘘をつくのか」「その嘘は誰を守るのか」を追うことになります。
また、主演のチョン・ウヒとキム・ドンウクの組み合わせが、この作品の説得力を底上げしています。チョン・ウヒは、感情を見せない演技が“無機質”ではなく、“決意”に見える瞬間を作れる俳優です。キム・ドンウクは、正しさを振りかざすのではなく、正しさのために迷う人の体温を丁寧に出せます。制作陣の狙いが、この2人の質感と噛み合ったことで、復讐劇が単なる痛快作に留まらず、人間ドラマとしての奥行きを獲得しました。
キャラクターの心理分析
イ・ロウムの核にあるのは、怒りよりも先に「世界のルールを信用しない」という確信です。冤罪で奪われた時間は、彼女にとって“善良さ”を選ぶコストを極端に引き上げました。そのためロウムは、他者の善意に寄りかからず、自分の計画と結果だけに依存しようとします。共感がないという設定は、冷酷さの演出ではなく、彼女の防衛機制として読むと腑に落ちます。
ロウムの「合理」は、誰にも期待しないことで自分を保つ仕組みでもあります。期待しなければ失望もしない。ただ、その代わりに、誰かと未来を共有する想像力が削れていく。彼女がときおり見せるためらいは、失われた時間への悲嘆が形を変えて表に出たものにも見えます。
ハン・ムヨンは逆に、世界を信用したい人です。信用したいからこそ傷つき、傷つくからこそ「せめて自分が正しくあろう」とする。その姿勢が、弁護士という職業倫理と結びついたとき、彼は強くも脆い存在になります。共感が“能力”として描かれるぶん、共感は万能ではなく、調整が必要なリスクでもあると示されます。
ムヨンは、相手の痛みを理解した瞬間に、行動の責任まで背負おうとしてしまうタイプです。だから正義の名のもとで燃え尽きやすく、同時に、誰も見捨てないという誓いが自分自身を追い詰めます。その矛盾が、彼の言葉に迷いのニュアンスを生み、説教くささを避けています。
2人の関係性は、恋愛や師弟といった既存の型に回収されにくいところが魅力です。ロウムはムヨンを利用しながら、利用しきれない瞬間を積み上げます。ムヨンはロウムを救おうとしながら、救うという発想自体が相手を固定化してしまう危険に気づいていきます。ここで描かれるのは、理解ではなく「再定義」です。自分の中で相手の像を更新できたとき、関係が前に進む。そういう変化のドラマになっています。
視聴者の評価
視聴者の反応で目立つのは、「設定が尖っているのに、人物が漫画的にならない」という点への評価です。詐欺師と弁護士という対極の組み合わせは、誇張に流れやすい題材ですが、本作は会話劇と感情の出し入れでリアリティを保っています。特に、ロウムの“感情がない”が、無表情の一辺倒ではなく、必要なときにだけ表に出る設計になっているため、見ている側が読解に参加しやすいのです。
視聴者が「読みたくなる」余白を残しているのも強みです。説明を過剰に足さず、沈黙や目線の移動に意味を持たせることで、解釈の主導権がこちらに渡ってくる。その体験が、詐欺という題材の緊張感とよく噛み合っています。
一方で、復讐劇としての爽快感を求める人には、序盤の情報整理や関係構築がじれったく映る可能性もあります。ただ、その“溜め”があるからこそ、中盤以降でチームが噛み合っていく手応えが強くなります。視聴後に評価が上がりやすいタイプの作品だと言えます。
数字面では、全国のテレビ視聴率で初回が約5.0%台を記録し、作品内の最高値も同程度の5.0%台が示されています。ケーブル局の月火枠としては堅実で、話題性と安定感のバランスが取れた推移でした。
海外の視聴者の反応
海外では英題の「Delightfully Deceitful」が示す通り、重い過去を扱いながらも“機知”のある犯罪劇として受け取られやすい印象があります。復讐劇は韓国ドラマの強いジャンルですが、本作は復讐の熱量だけで押し切らず、詐欺を「戦略」や「交渉術」として見せる場面が多いため、ジャンルとしてはクライム、ブラックコメディ、ヒューマンドラマが混ざった作品として語られがちです。
また、主人公2人が「正反対の能力」を持つバディであることは、文化を越えて理解されやすい要素です。冷徹な天才と過共感の専門家が組むことで、事件の解決だけでなく、互いの欠落を補う関係が生まれる。この構造は、国や言語が変わっても面白さが伝わりやすい強みです。
俳優面では、チョン・ウヒの“静かな圧”と、キム・ドンウクの“人の良さが裏目に出る怖さ”の両方が注目されやすく、演技のトーンが作品の混合ジャンルを支えている、という見方が広がりやすいタイプです。
ドラマが与えた影響
『有益な詐欺』が残した影響は、犯罪・復讐ものの枠の中で「共感」を主要テーマとして真正面から扱った点にあります。共感は“良いもの”として単純化されがちですが、本作は共感を能力として描き、過剰な共感が人を壊す現実も示します。視聴者は、優しさを持ち続けることのコストと、それでも他者に手を伸ばす意味を考えさせられます。
また、冤罪や烙印といった要素が、個人の悲劇に留まらず、社会の構造問題として物語に組み込まれている点も重要です。ロウムが“正しい救済”ではなく“有益な回収”を選ぶ背景に、制度の限界がある。そうした描き方は、復讐劇に見えて実は「制度に取り残された人のサバイバル」としても読める余地を作りました。
視聴スタイルの提案
おすすめは、前半は一気見、後半は1話ずつ噛みしめる視聴です。序盤は人物配置と過去の整理が続くため、間を空けると情報の温度が下がりやすいです。3〜4話程度をまとめて見ると、ロウムとムヨンの役割分担が見え、物語の面白さが立ち上がりやすくなります。
中盤以降は、騙しの勝ち負けよりも「誰が誰に何を渡したのか」に注目すると、会話の意味が変わって見えます。お金、情報、身分、信頼、罪悪感。目に見える交換の裏で、感情が取引されていることに気づくと、ラストに向けての一手一手が立体的になります。
また、2人の視点のズレを楽しむために、同じ場面を「ロウムなら何を得たか」「ムヨンなら何を守ったか」と二重に解釈してみるのもおすすめです。答えが一つに定まらない場面ほど、この作品は面白くなります。
あなたはロウムとムヨン、どちらの考え方により共感しますか。また、その理由は「過去」から来ていますか、それとも「今の自分」から来ていますか。
データ
| 放送年 | 2023年 |
|---|---|
| 話数 | 16話 |
| 最高視聴率 | 全国約5.028% |
| 制作 | Next Scene |
| 監督 | イ・スヒョン |
| 演出 | イ・スヒョン |
| 脚本 | ハン・ウジュ |
