『良くも、悪くも、だって母親』母と息子の再生を泣き笑いで描く癒やしドラマ

このドラマをひと言で思い出すなら、「大人として人生を走り切ろうとしていた息子が、ある事故を境に“子どもの心”へ戻ってしまう」瞬間です。ここで物語は、よくある家族ドラマの枠を超えていきます。母が息子を守る話でありながら、息子が母を救い直す話にもなるからです。

その転換は、本人の努力や意志ではどうにもならない形で起きます。だからこそ、家族が頼ってきた役割分担が一気に崩れ、「誰が支える側で、誰が守られる側なのか」という前提が揺らぎます。観ている側も、同情や苛立ち、戸惑いが同時に立ち上がり、感情の置き場を探しながら物語に引き込まれていきます。

しかも『良くも、悪くも、だって母親』の巧さは、その衝撃的な設定を、単なる泣かせの装置にしないところにあります。記憶や精神が幼くなった息子を前に、母は「看病する人」ではなく、もう一度「育てる人」になります。一方で息子は、強がりや成果主義で固めてきた“過去の鎧”を脱がされ、無防備な状態で母と向き合うことになります。このやり直しの時間こそが、作品全体の温度を決めているように感じます。

やり直しは、優しい時間だけでできていません。母の口調や癖は簡単には変わらず、息子もまた、幼くなったからこそ出てしまう本音で相手を刺します。愛情があるのに噛み合わない、その現実が丁寧に積み重なることで、視聴者の中に「家族とは何か」という問いが自然に居座っていきます。

舞台となる田舎の共同体や、養豚場の生活感、近所の人たちの距離感も相まって、痛みの話なのに妙にあたたかいのです。笑いが差し込み、次のシーンで胸を締めつけられる。その緩急が、視聴者の感情を自然に連れていきます。

大げさな言葉よりも、日々の作業音や食事の匂いが感情を運ぶ場面が多いのも特徴です。言い訳の余地がない現実に向き合うとき、人はつい黙り込みます。その沈黙まで描くからこそ、ふとした一言や小さな気遣いが、想像以上に強く届いてきます。

裏テーマ

母の厳しさは愛情でもあり、同時に支配にもなり得ます。子どもを幸せにしたい一心で選んだ方法が、子どもの心を削り、親子の間に溝を作ってしまう。その矛盾が、物語の深いところでずっと脈打っています。

ここで描かれるのは、誰かを悪者にして終わらせるタイプの痛みではありません。善意が積み重なった結果として関係が歪むこと、そして歪みが生まれてもなお、家族であることをやめられないこと。その現実が、逃げ場のない密度で置かれています。

また、この作品は「母は聖人であるべき」「親は間違ってはいけない」といった理想像を、わざと崩しにいきます。母は失敗します。言い過ぎます。やり直し方も上手ではありません。それでも、やり直そうとする意志だけが、関係を少しずつ変えていきます。許しは一度きりのイベントではなく、日々の態度の積み重ねでしか成立しない、という視点が印象的です。

その積み重ねは、劇的な謝罪や感動的な宣言ではなく、生活の中の小さな選択として現れます。声のトーンを抑える、相手の話を最後まで聞く、手を出す前に一呼吸置く。そうした変化が「和解」の実感をつくり、視聴者にも自分事としての想像を促します。

さらに「成功して見返す」という直線的なサクセスストーリーではなく、「大切なものの優先順位が変わる」ことで人生が再編集される物語になっています。仕事、復讐、名誉、世間体。そうした“外側の勝ち”よりも、家の中の呼吸を取り戻すことが、どれほど難しく、どれほど尊いか。裏テーマはそこにあるように思います。

制作の裏側のストーリー

本作は2023年に韓国のケーブル局で放送され、全14話で完結した作品です。水木ドラマ枠での編成で、1話あたり約70〜80分という長さの中に、家族ドラマ、ヒューマン、コメディ、サスペンス要素を同居させています。

この尺の長さは、出来事を詰め込むためではなく、感情が変わるまでの時間を確保するために使われています。怒っている人がすぐに許せないこと、優しさが常に正しく機能しないこと。そうした“揺れ”を省略せずに見せることで、親子の関係に現実の重みが宿ります。

演出はシム・ナヨンさん、脚本はペ・セヨンさんが担当しています。演出面で印象的なのは、感情のピークを過剰に飾り立てず、生活の手触りの中に置くところです。養豚場の匂いがしそうな作業、食卓の会話、近所の視線、田舎ならではの噂の広がり方。そうした日常描写があるからこそ、ドラマチックな出来事が起きたときに現実味が残ります。

脚本もまた、説明の言葉に頼りすぎません。過去の出来事を一気に語らせるのではなく、態度や行動の端々から少しずつ見せていくため、観る側は人物の輪郭を自分で組み立てることになります。その能動性が、視聴体験をより深くしているように感じます。

制作は複数社が関わる体制で、企画面ではSLLが関与し、制作会社としてドラマハウス、フィルムモンスターの名が挙がります。大きな仕掛けよりも人物の納得感を優先する作りで、視聴後に「泣かされた」というより「関係が少しほどけた」と感じさせる余韻を狙っているように見えます。

キャラクターの心理分析

母ヨンスンは、「強くあれ」という言葉を自分に言い聞かせて生きてきた人です。弱さを見せた瞬間に生活が崩れる環境にいたからこそ、愛し方が不器用になります。彼女の厳しさは、子どもを縛るためではなく、子どもを“この世界の理不尽から遠ざける”ための処方箋でした。ただ、その処方箋は副作用として、息子の心に「母の愛=条件付き」という感覚を残してしまいます。

彼女は「守る」ために強くなるしかなかった一方で、守り方の選択肢を学ぶ機会が少なかった人でもあります。優しさを見せることが甘さと直結していた時代や環境が、ヨンスンの言葉を硬くし、結果的に息子の自尊心を揺らしていきます。

息子ガンホは、成果で自分の価値を証明しようとします。優秀で冷徹に見えるのは、防衛の形でもあります。親に心配をかけないため、弱さを見せないため、そして何より「母の期待を裏切らないため」に、感情を切り離して走ってきた人物です。事故を機に“子どもの心”へ戻ることで、彼は初めて「助けて」と言える状態になります。皮肉ですが、そこから関係修復が始まるのです。

大人のガンホが抱えていたのは、怒りというより疲労に近い感情にも見えます。頑張るほど褒められ、止まると価値が下がる気がしてしまう。その思考から解放されたとき、彼はようやく「何が欲しかったのか」を言葉にできるようになります。

ミジュは、優しさの人である一方、人生の不運を“明るさ”で耐えてきた人でもあります。彼女は救済者のように見えますが、実は自分も救われたがっている。ガンホが壊れたときに寄り添うのは、彼が弱くなったからではなく、弱いままでも関係を築けると信じたいからです。

彼女の明るさは、軽さではなく技術です。空気が沈み切る前に冗談を挟み、相手の呼吸を戻す。そうした振る舞いが、家庭の緊張をほどく潤滑油になり、同時に彼女自身の孤独もちらりと見せます。

そして近所の人々は、単なる賑やかしではありません。共同体の圧も、支えも、同じ顔をしています。世間体に傷つくのも共同体なら、踏ん張る力をくれるのも共同体です。この二面性があるから、母と息子の物語が“家の中だけ”に閉じず、社会の中での回復として立ち上がってきます。

視聴者の評価

本作は回を追うごとに視聴率が上がっていき、最終回で全国視聴率12.0%(ニールセン・コリア基準)を記録したことが話題になりました。特に終盤に向けては、親子関係の感情線だけでなく、過去の因縁や不正をめぐる要素が噛み合い、「泣ける」だけではない推進力が生まれます。

人気の広がり方も、派手なバズより「観た人が次の人に勧める」タイプに見えます。強い設定を持ちながら、最後に残るのは人間の手触りであり、感情の回復の道筋です。だからこそ、視聴後に誰かと感想を交換したくなる余韻が残ります。

視聴者の評価としてよく見かけるのは、母の言動にイライラしながらも、次第に理解が追いついてしまう点です。最初は「ひどい母親だ」と思っていたのに、背景が見えてくると簡単に断罪できなくなる。こうした感情の揺れは、作品が人物を“記号”として扱っていない証拠でもあります。

また、母と息子のどちらにも共感してしまう人が多いのも特徴です。親の立場で観ると怖くなり、子どもの立場で観ると苦しくなる。その二重の痛みを抱えたまま進む構成が、作品の誠実さとして受け止められているように思います。

一方で、重いテーマや痛みの描写があるため、視聴体力が必要だという声もあります。ただ、そのしんどさを越えた先に、関係がほどける瞬間のカタルシスが用意されています。日常の中の優しさが積み上がっていくタイプのドラマが好きな方には、特に刺さりやすい作品です。

海外の視聴者の反応

海外では英題「The Good Bad Mother」として流通し、親子の物語が文化差を超えて受け止められた印象があります。母の強烈な干渉や、子ども側の抑圧は、国や地域が違っても「わかる」と感じる人が多い領域です。海外レビューでは、涙腺を刺激するだけでなく、コメディの差し込み方が絶妙だという評価も見られます。

家族の距離が近い文化圏では「あるある」として、個人主義が強い地域では「新鮮な息苦しさ」として受け取られるなど、反応の角度が分かれるのも興味深い点です。それでも最終的に残るのは、親子が互いに相手の人生を認め直す物語だという理解で、そこが共通言語になっています。

また、全14話という比較的コンパクトな長さも、海外視聴にとっては追いやすさにつながります。テンポの良さと感情の濃さの両立が、まとめ見との相性を高めています。

ドラマが与えた影響

『良くも、悪くも、だって母親』が残した影響の一つは、「親子関係の正解は一つではない」という空気を広げたことだと思います。親の愛は尊い一方で、子どもの人生を自分の夢の延長として扱ってしまう危うさもあります。本作はその危うさを責めるだけでなく、そこから降りていく道も描きます。

誰かを完全に切り捨てるのでも、無理に美談にするのでもなく、痛みを抱えたまま関係を作り直す。その現実的な距離感が、視聴後の会話を生みました。家族の問題を「努力不足」や「性格」で片付けず、環境や時間の層として捉える視点が、じわりと浸透したように思います。

もう一つは、母親像の更新です。献身的で完璧な母ではなく、失敗し、未熟で、でも必死にやり直す母。そういう人物を主人公級の重みで描くことで、視聴者自身の記憶や体験にも触れてきます。「親を許す」以前に、「親も不完全な人間だと理解する」ことが、関係を変える第一歩になる場合がある。そんな示唆があります。

視聴スタイルの提案

まずおすすめなのは、前半は1日1〜2話のペースで丁寧に観る方法です。母の厳しさや息子の冷たさに反発心が湧きやすいので、感情の余白を確保しながら追うと理解が深まります。

あわせて、観ながら細部を拾うのも向いています。台所の動きや作業の段取り、何気ない視線のやり取りに、その人の癖や遠慮が出ます。派手な展開より、気持ちが変わる瞬間の手前にある小さなサインを見つけると、登場人物への見え方が変わってきます。

中盤以降は、できれば続けて観たほうが没入しやすいです。伏線の回収や人間関係の変化が連続するため、「昨日の感情」を持ち越したまま次話へ行くと、人物の選択が腑に落ちやすくなります。

そして観終わった後に、好きだった場面を一つだけ思い出してみてください。泣いた場面でも、笑った場面でも構いません。その場面に、あなたが今いちばん欲しい言葉が隠れていることがあります。

あなたにとって、このドラマの中で「いちばん“母親らしさ”を感じた瞬間」はどの場面でしたか。

データ

放送年2023年
話数全14話
最高視聴率12.0%
制作ドラマハウス、SLL、フィルムモンスター
監督シム・ナヨン
演出シム・ナヨン
脚本ペ・セヨン