このドラマを象徴する瞬間は、採用の場で「覚えている」ことが武器のヒロインが、「見抜く」ことが武器のCEOに真正面から挑む場面です。大勢の応募者がいる中で、彼は能力を値踏みするように言葉を投げ、場を支配します。しかし彼女は、ただの“暗記が得意な就活生”に収まらず、相手の言葉の裏にある恐れや欠落まで踏み込みます。
この面接は、上下関係が固定された評価の場でありながら、二人の間だけ空気が反転していくのが印象的です。質問する側の彼が主導権を握っているように見えて、彼女の一言で視線が揺らぎ、言葉の温度が変わっていきます。
『リッチマン』の面白さは、恋愛が始まる前から、すでに「価値観の衝突」が起きている点にあります。相手を落とすための駆け引きではなく、相手の人生観そのものを揺らしてしまうような出会いです。だからこそ、ロマンティックな場面が訪れたときに、甘さだけでなく、痛みや決意がにじみます。
出会いの時点で相手を変えてしまう力があるからこそ、関係は近づくほど危うくなります。好意が芽生えても素直に認められず、仕事上の判断やプライドが感情の邪魔をする。そのねじれが、二人の会話を常に緊張感のあるものにしています。
舞台はIT企業で、若さとスピード、競争と成功が当たり前の空気が流れています。けれどこの作品は、成功のきらびやかさを正面から礼賛するのではなく、「成功の裏にある孤独」や「他者を信じる怖さ」を、恋愛と仕事の両方から描いていきます。
裏テーマ
『リッチマン』は、「記憶する力」と「忘れられない痛み」の物語です。ヒロインは驚異的な記憶力を持ち、彼の世界では“使える才能”として評価されます。一方の彼は、ある理由から人の顔を認識しづらく、対人関係に決定的なハンデを抱えています。覚えられる人と、覚えられない人。その対比が、恋愛の切なさだけでなく、信頼関係の難しさを浮かび上がらせます。
記憶という才能は、便利さと同時に残酷さも含みます。相手が忘れてしまった出来事を一人だけ抱え込み、言えないまま自分の中で傷が深くなることもある。だからこそ本作では、覚えることが強さであるだけでなく、弱さにもつながる感触が丁寧に置かれています。
また裏テーマとして効いているのが、「肩書きの外側で愛されることの難しさ」です。CEOという立場は、人を引き寄せますが、同時に本心を見えにくくします。誰が自分を見ていて、誰が“会社の価値”を見ているのか。彼はその不安を、攻撃性や傲慢さで覆い隠してきました。ヒロインはそこに気づき、正面から向き合おうとします。つまり本作は、恋の物語でありながら、“信じたいのに信じられない人”が、信じ方を学び直す再生の物語でもあります。
さらに、IT企業の成長や新規事業の緊張感が、登場人物の感情を増幅させます。恋愛のすれ違いが、仕事の判断ミスや権力争いとも連動し、個人の感情が組織の論理に押しつぶされそうになる瞬間が何度も訪れます。そこで問われるのは、能力だけではなく、誰と、どんな未来を選ぶのかという覚悟です。
制作の裏側のストーリー
『リッチマン』は、日本ドラマ『リッチマン、プアウーマン』のリメイクとして企画され、韓国版として“いまの若者の就職事情”や“IT産業の熱量”が織り込まれる形で組み立てられました。放送は2018年で、韓国では深夜帯の編成として展開され、勢いのある青春ロマンスのトーンと、企業ドラマの要素を両立させています。
リメイクで難しいのは、筋立てをなぞることではなく、空気の違いをどう作品に落とし込むかです。本作は、就職の切実さや企業文化の距離感を韓国の文脈に寄せ、同じ設定でも違う切迫感を生むよう調整されています。
脚本は二人体制で、恋愛のときめきと、ビジネスの駆け引きのテンポを切り替えながら、主人公の欠落を少しずつ開示していく作りが特徴です。特に序盤は「キャラクター紹介」と「価値観の衝突」をスピーディーに見せ、視聴者に“この二人は簡単に結ばれない”という予感を植え付けます。
また、撮影のビハインドが報じられていたこともあり、主演が役作りのために台本と向き合い続ける姿や、現場で演出と細かく意見を交わす様子が伝えられていました。IT企業のCEOという記号的な役柄を、単なる“ツンデレ”にしないために、冷たさの奥にある不器用さや傷を積み上げる必要があったのだと思います。
制作面では、放送局の枠を超えて同時放送の体制が取られ、作品の届け方そのものにも工夫が見えます。さらに、制作会社がドラマ制作に力を入れていく流れの中で、本作がその動きを象徴する一本として語られた点も見逃せません。結果として『リッチマン』は、リメイク作品でありながら、当時の韓国ドラマ市場の“次の打ち手”とも重なる立ち位置を獲得しました。
キャラクターの心理分析
主人公のユチャンは、天才で成功者であるほど、他人を信じる力が弱くなってしまった人物に見えます。相手の価値を測る言葉は鋭いのに、自分の感情には鈍い。そこに彼の悲しさがあります。顔を認識しづらいという特性は、単なる設定ではなく、「人を近づけたいのに近づけられない」心理のメタファーとして機能します。彼は拒絶される前に拒絶することで、自分を守ってきたのです。
その防御は、強さの演出にもなります。痛みに触れられないように言葉を尖らせ、相手を試すことで距離を確保する。しかし試す行為は、同時に「本当は見抜いてほしい」という願いにも見えてきて、視聴者の受け取り方を変えていきます。
ヒロインのボラは、“前向きで明るい”だけのキャラクターではありません。就職という現実の壁にぶつかり、自分の価値を証明しなければならない焦りを抱えています。それでも彼女が折れないのは、記憶力という才能以上に、「相手を見捨てない粘り強さ」があるからです。だからこそ、ユチャンの冷たさを“嫌な人”で終わらせず、“助けを求めるサイン”として読み替えていきます。
そして対照的に効いてくるのが、組織の中での立場や欲望です。会社を守るため、あるいは自分の成功のために、正しさと野心が混ざり合い、関係が少しずつ歪みます。本作は、悪役を単純化しません。誰もが「自分は正しい」と思いながら、人を傷つける選択をしてしまう。そのリアルがあるから、和解や赦しの場面が軽くならず、視聴後に余韻が残ります。
視聴者の評価
視聴者の語りで多いのは、主人公の“不器用さ”が回を追うごとに別の意味に見えてくる点です。序盤では傲慢で冷たいのに、中盤以降は、同じ態度が「恐れ」や「不安」の裏返しに見えてくる。そうした見え方の変化が、恋愛ドラマとしての快感につながっています。
また、就活や社内競争といった現実的な要素が入ることで、恋愛だけに閉じないところを評価する声もあります。胸キュンだけではなく、働くことの苦さ、報われにくさ、選ばれる側の切迫感が、登場人物の選択に説得力を与えています。
一方で、リメイク作品である以上、原作の印象と比較されやすい側面もあります。韓国版は韓国版としてのテンポや情緒を持っているため、同じ出来事でも受け取る温度が変わります。そこを“別物として楽しめるか”が、本作を好きになる分かれ道になりやすい印象です。
海外の視聴者の反応
海外の視聴者の反応では、IT企業を舞台にしたスピード感や、主人公の特性が恋愛に影を落とす設定が注目されやすい傾向があります。顔を認識できないことで生まれる誤解やすれ違いは、言語や文化を越えて伝わりやすく、ロマンスの“切なさの装置”として理解されやすいからです。
また、キャストに関心が集まりやすいのも特徴です。アイドル出身の主演が、冷たさだけでなく脆さを抱えたCEO像をどう作るのか、という視点で見られやすく、演技の伸びしろや役のハマり方が話題になります。さらに、1話ごとのテンポが比較的速く、ビジネス要素とロマンスが交互に展開されるため、一気見に向いているという意見も見受けられます。
ドラマが与えた影響
『リッチマン』が残したものは、「成功者の恋愛」を甘い物語として消費しきらず、成功の条件そのものを問い直した点だと思います。会社を大きくすること、勝ち残ること、天才として期待されること。そうした“外側の評価”が強いほど、内側の心が置き去りになる危険があります。本作は、その危うさを恋愛の視点から照らし、仕事の物語としても成立させました。
また、就活生のヒロインが“救われるだけの存在”にならず、自分の言葉で相手の世界に踏み込んでいく構図も、作品の後味を前向きにしています。恋愛は相手に選ばれることではなく、相手の人生に参加することだと感じさせる。そうしたメッセージは、同ジャンルの作品の中でも記憶に残りやすいポイントです。
視聴スタイルの提案
初見の方には、前半はできれば続けて3話から4話ほど視聴することをおすすめします。ユチャンの印象が変わり始めるまでに少し助走が必要で、関係性の地ならしが進むと、会話のトゲが“痛いだけの言葉”ではなくなっていきます。
また、ビジネス要素も楽しみたい方は、登場人物が「正しさ」を口にするときほど注意して見てみてください。正論が人を追い詰める場面や、善意が権力と結びつく瞬間があり、恋愛と同じくらい人間ドラマの読み解きができます。
逆にロマンス重視の方は、二人の距離が縮まる場面だけでなく、離れる場面にも注目すると満足度が上がります。本作は、仲直りのためのすれ違いではなく、人生の癖や過去の痛みが原因で離れてしまうタイプの別れ方を描くからです。そこに納得できると、再接近の場面がより刺さります。
最後に、見終えた後は「最初の面接シーン」をもう一度見返してみてください。最初は嫌味に聞こえた言葉が、別の表情に見えてくるはずです。あなたは、ユチャンのどの瞬間に一番“人間らしさ”を感じましたか。
データ
| 放送年 | 2018年 |
|---|---|
| 話数 | 全16話 |
| 最高視聴率 | 全国1.5% |
| 制作 | iHQ |
| 監督 | ミン・ドゥシク |
| 演出 | ミン・ドゥシク |
| 脚本 | ファン・ジョユン、パク・ジョンイェ |
©2018 iHQ, Inc.