法廷で、相手の主張が「正義」の言葉で固められた瞬間ほど、『リーガル・ハイ』は面白くなります。主人公コ・テリムは、相手の言葉尻を取るだけの小手先ではなく、「その正義は誰を救い、誰を切り捨てるのか」という論点へ、強引に場を引き戻していきます。勢いのある早口、相手のプライドを折るような挑発、そして勝つためなら嫌われることも厭わない徹底ぶり。視聴者はその姿に爽快感を覚えつつ、同時に居心地の悪さも感じるはずです。
テリムの弁論は、論理というよりも空気の主導権争いに近く、場が傾いた瞬間に一気に畳みかけます。だからこそ、正論が拍手を集めるだけの時間が短く、感情の置きどころを揺さぶられます。笑いと緊張が同居する入り口として、このスピード感は作品全体のリズムを決定づけています。
このドラマの“象徴的な瞬間”は、テリムが勝利へ一直線に見える態度の裏で、依頼人や陪審的な世論の心理まで読み切り、法廷という舞台を「人間の欲望が可視化される場所」に変えてしまうところにあります。正義を掲げる新人弁護士ソ・ジェインが、その舞台に立たされ、揺さぶられ、反発し、それでも目を逸らさずに食らいつく。その緊張感が、単なるコメディのテンポを越えて、社会派ドラマの手触りを生み出しています。
裏テーマ
『リーガル・ハイ』は、勝つことが善なのか、正しいことが善なのか、その二択を視聴者に突きつける作品です。法律は本来、弱い立場を守る道具にもなり得ますが、同時に、言葉と手続きで「負け」を確定させる装置にもなります。テリムはその冷酷さを熟知し、ジェインはそこに理想を持ち込みます。二人の価値観が噛み合わないからこそ、毎話の争点が「事件の勝敗」だけで終わらず、「人は何を正しいと信じたいのか」へ広がっていきます。
さらに厄介なのは、勝敗が決したあとに残る感情です。勝った側が胸を張れるとは限らず、負けた側が完全な悪とも限らない。判断が下りた瞬間に、視聴者の中の物差しがきしむような感覚が残り、その違和感が次の回への関心を引き上げます。
裏テーマとしてもう一つ効いているのは、世論やイメージが“正しさ”を上書きしてしまう怖さです。誰かが悪者であるほうが物語は分かりやすく、怒りは共有しやすい。しかし現実の争いは、たいてい不格好で、双方に言い分があります。だからこそテリムの言葉は痛いのですが、痛い言葉の後に残るのは、他人を裁く前に自分の判断の根拠を見直す習慣です。見終わったあと、ニュースやSNSの断片的な情報を前にして、以前より一呼吸置けるようになる人もいると思います。
制作の裏側のストーリー
本作は、日本で人気を得た法廷コメディを韓国でリメイクしたドラマです。放送は2019年で、韓国のケーブル局JTBCの編成枠で放送されました。リメイク作品で難しいのは、「元の作品の名場面」を求める視聴者と、「新しい作品としての説得力」を求める視聴者が同時に存在することです。その二つの期待の間で、物語の運び方やキャラクターの温度感を、韓国ドラマの呼吸に合わせて組み替える必要が出てきます。
設定や展開が既知であるほど、驚きの作り方は繊細になります。どこを踏襲し、どこでずらすかの選択が作品の評価に直結するため、演出や台詞回しにも細かな調整が求められます。特に法廷シーンは言葉の積み重ねが肝なので、翻案の巧拙が見えやすい領域です。
特に『リーガル・ハイ』は、主人公の強烈さが魅力である一方、強烈すぎると共感の入口が閉じてしまいます。そこで鍵になるのがジェインの存在です。視聴者が感情移入できる「普通の目線」を担いながら、ただのツッコミ役ではなく、自分の正義が通用しない局面で悩み、失敗し、学習する軌跡が丁寧に配置されています。テリムが暴れれば暴れるほど、ジェインの揺れがドラマの温度を整える。制作側はそのバランスを、テンポの良さと社会性の両方で成立させようとしている印象です。
また、韓国ドラマらしく、法廷の外側に「組織」「利権」「権力」の影が差し込みます。単発の事件でカタルシスを作りつつ、背後に続く線でサスペンスを引っ張る構造が、視聴の中毒性を高めています。笑えるのに、軽くは終わらない。その設計が、本作をリメイク以上の手応えに近づけています。
キャラクターの心理分析
コ・テリムは、勝つことへの執着が常軌を逸して見える人物です。ただ、彼の勝利至上主義は「勝てば何でもいい」という幼い万能感というより、敗北がもたらす現実的な損失を知り尽くした人の合理性にも見えます。法廷で泣き落としが通ることもあれば、理屈が負けることもある。理不尽に見える結果が出る世界で、彼は勝利を唯一の安全装置として握りしめているようです。そのため、彼の言葉は冷たくても、行動は意外に一貫しています。勝つために必要なら、相手の弱さも、自分の醜さも、全部さらけ出せるのです。
ただし彼の合理性は、他者への配慮を省略する形で表に出やすく、共感と反発を同時に呼び込みます。勝ち筋を示すときの明晰さがある一方で、倫理を情緒として片づける冷たさも隠さない。その危うさが、単なる天才像ではなく、生々しい人物像としての手触りになっています。
ソ・ジェインは、「正しいことをしたい」という動機で動く新人弁護士ですが、物語が進むにつれ、正しさだけでは救えない現場に直面します。彼女の成長は、正義を捨てることではありません。正義の言葉が人を追い詰める局面や、正義が自分の承認欲求と結びつく危険を理解したうえで、それでもなお手放さない強さへ変わっていきます。テリムが現実を教え、ジェインが人間性を取り戻させる。二人は師弟でも恋愛でもなく、互いの欠けを刺激し合う関係として描かれるのが魅力です。
そしてライバル側の存在は、単なる悪役ではなく、「正しそうに見える権力」の顔を担います。肩書きや組織力が正義を装うとき、個人はどこで踏ん張れるのか。テリムとジェインの凸凹は、その問いへの別々の答えとして機能しています。
視聴者の評価
視聴者の受け止め方は、大きく二層に分かれやすいタイプです。ひとつは、テンポの良い法廷コメディとして、テリムの毒舌と逆転劇を楽しむ層。もうひとつは、勝利と正義の対立が投げかける後味を重視し、「痛快だけでは済まない」と評価する層です。本作は笑いの速度が速いぶん、倫理的な問いが置き去りになりそうに見えますが、肝心な場面ではあえて不快感を残し、視聴者に考える余白を渡してきます。
特にテリムの言葉は痛快さと残酷さの境界をまたぐため、好きな回ほど評価が割れやすい印象です。笑った直後にひっかかりが来る構造が、軽い消費では終わらない鑑賞体験を作っています。だから感想が一言でまとまりにくく、語るほどに論点が増えていきます。
また、リメイク作品としては、元の作品の印象が強いほど比較が避けられません。その中で韓国版は、人物関係の温度や、社会問題の輪郭を韓国ドラマらしく調整し、別物として見られるポイントを作っています。どちらが優れているかではなく、「同じ設定が別の文化圏でどう変化するか」を味わえる作品だと思います。
海外の視聴者の反応
海外視聴の文脈では、配信サービスで出会う人が多いタイプの作品です。法廷ドラマは文化の違いで理解が難しくなりがちですが、本作は“法の専門性”そのものよりも、“人間の言い訳”や“世論の暴走”など普遍的なテーマに焦点が当たりやすく、国を越えて伝わりやすい構造です。
言語が変わっても、言い負かす快感や、正しさが暴力になる瞬間の怖さは共有されます。むしろ制度の細部が分からないぶん、人物の感情の動きや権力関係の不均衡に意識が向き、ドラマとしての骨格が見えやすいという利点もあります。コメディの調子に乗ったまま重い論点へ滑り込む構成は、海外の視聴者にも印象を残しやすいでしょう。
一方で、主人公の言動が強烈なため、初見の視聴者には好き嫌いがはっきり出ます。そこで評価の分岐点になるのが、「テリムを許せるか」ではなく、「テリムのやり方が暴く現実を見たいか」です。嫌なやつなのに目が離せない、という感想が出やすいのは、彼の攻撃性が単なる悪意ではなく、社会の矛盾を露出させる道具として機能しているからだと考えられます。
ドラマが与えた影響
『リーガル・ハイ』が残す影響は、「正義の言い方」を疑う癖です。善意で発した言葉が、誰かの人生を狭めてしまうことがある。逆に、利己的に見える行動が、結果として誰かを救うこともある。そうしたねじれを、娯楽として走り切りながら提示するのが本作の強みです。
見終えた後に残るのは、正解の提示よりも、判断の手前にある手続きへの意識です。証拠の読み方、発言の切り取り、声の大きさが結論を左右する怖さ。そうした感覚が身につくと、日常の議論でも「早く断罪したい気持ち」を一度落ち着かせられるようになります。
また、法廷ドラマにありがちな“正しい結論”を毎回提示するのではなく、勝った側の論理が必ずしも美しくないところまで描くため、視聴後に議論が生まれやすい作品でもあります。誰の行動が最善だったのか、どの時点で別の選択ができたのか。視聴者が自分の価値観を持ち寄って語り合える余地が、作品の寿命を伸ばしています。
視聴スタイルの提案
まずは1話から2話までを、細かい設定を覚えようとせず「口論のテンポ」と「二人の温度差」を楽しむ見方がおすすめです。テリムの言葉は情報量が多いので、最初から全部拾おうとすると疲れてしまいます。勢いに乗れたら、3話以降で事件の背景や対立構造が見えはじめ、面白さが増していきます。
次におすすめなのが、気になる回をもう一度見る方法です。初見ではテリムの毒が強すぎて引っかかった場面も、二周目だと「この言葉は誰を守るためだったのか」「ジェインはどこで折れずに踏みとどまったのか」と、見え方が変わります。法廷の勝敗よりも、発言の意図や沈黙の意味に注目すると、心理劇としての密度が上がります。
最後に、視聴後の余韻を大事にしたい人は、各話の結末で“納得できなかった点”を一つだけメモすると良いです。モヤモヤを言語化すると、このドラマが何を突いていたのかが、自分の中でくっきりします。
あなたは、勝つために「嫌われ役」を引き受ける弁護士と、負けても「正しい手続き」を守りたい弁護士、どちらにより信頼を置きたくなりますか。
データ
| 放送年 | 2019年 |
|---|---|
| 話数 | 全16話 |
| 最高視聴率 | 全国3.038% |
| 制作 | GnG Production |
| 監督 | キム・ジョンヒョン |
| 演出 | キム・ジョンヒョン |
| 脚本 | パク・ソンジン |